淡水は観音山の麓にあり、淡水河河口にある小さな港町です。その自然景観によっては淡水河と観音山が育んできた水辺と山々が多様かつ豊かな生態系を形成するわけである。淡水は台北盆地の咽喉に位置するため、過去から現在に至るまで、いつも北台湾の重要拠点であったり、軍事と経済の重要性を形成しつつあったりしている町である。我々は淡水の歴史と人文発展を振りかえてみれば、その多様化された文化と特殊な歴史背景に、台湾のヴェネツィアともいわれる淡水は、が実に様々な異なる風情が漂って、人間らしさと多様文化溢れて、非常に魅力的な港町と感じさせてくれる。
淡水が豊富な面貌を持っているのは、16世紀から西洋各国が国力拡張をめぐる海の覇権争いという歴史があったからである。当時の台湾は既に中国、韓国、日本、南洋諸島などへの重要な防御拠点となり、また海上の頻繁な船便が行き来して、台湾はますます重要な経済、政治、軍事の重要拠点になりつつある。やがて淡水は各国のほしい目標となった。オランダ、スペイン、イギリス、フランスそして日本などの帝国船隊が次々と淡水へ上陸、そして殖民、生活発展させ、様々な古跡、建築を建て、多様化された文化を残され、そのおかげで淡水は非常に豊富な文化資産を築き上げるようになった。
民国89年(2000年)に中華民国文建会は各地から意見を取りまとめ、台湾国内の11箇所が世界遺産の候補として取り上げた。その中、四つの自然遺産:太魯閣峡谷、棲蘭檜木林、地熱滾滾大屯山と澎湖玄武岩、五つが人文遺産:卑南遺址、淡水紅毛城、金九傳奇、蘭嶼。そして二つの複合遺産:旧山線鉄道と阿里山鉄道がある。紅毛城はその人文遺?の1つの候補である。 |